皆さまこんにちは。中小企業診断士のぴ。です。
映画から学ぶ第5弾として、「テーラー 人生の仕立て屋」に学ぶビジネスに重要な基本スキルをご紹介します!
本記事は、「月間『企業診断』2023年5月号」で掲載して頂いた内容を元に書いています。
(ウェブサイト:同友館オンライン、著作名:企業診断編集部)
より多くの皆様に読んで頂きたく、当ブログでもご紹介させて頂きます!
映画「テーラー 人生の仕立て屋」
~あらすじ~
高級スーツの仕立て屋店を父と共に36年間営んできた無口なニコス。しかし不況により店は銀行に差し押さえられ、さらに追い打ちをかけるように父が病で倒れてしまう。
崖っぷちのニコスは店を飛び出し、手作りの移動式屋台で高級スーツの仕立て屋を始める。ところが、道端では高級スーツはまったく売れず、商売は傾く一方。廃業寸前まで追い込まれた矢先、思いがけないオファーがくる。
「娘の結婚式用のウエディングドレスは作れる?」
これまで高級紳士服一筋だったニコス。父のため、そして大切な店のため、世界に一つだけのオーダーメイドのウエディングドレス作りを始めるが――。
はじめに
映画「テーラー 人生の仕立て屋」は、不況ですべてを失った職人が従来のこだわりを捨て、新たな事業を再構築するストーリーである。
店を守る使命を託された後継者の苦悩、そして新たな挑戦に進んでいく過程の中で、読者の皆さんもビジネスに重要なスキルを再認識できるだろう。
職人にもマーケティングが必要
主人公ニコスは、父と共に高級スーツの仕立て屋店を36年間営んできた無口な職人である。毎朝、高級スーツを一分の隙もなく着こなし、首には採寸用のメジャーをかけ、客を迎える準備は万端だ。ところが、待てど暮らせど、客は一人も来ない。「時代は変わった。それが世の常だ」と父は嘆く。
本作の舞台であるギリシャ・アテネが大不況の中、紳士服にお金や時間を費やす顧客はほとんどいない。紳士服の仕立て一筋で経営してきたニコス親子は、時代の流れから取り残されていた。いわゆる、”ゆでガエル状態”になっていたのだ。
本作は、職人にもマーケティングが必要であることを描いているような気がしてならない。マネジメントの父と呼ばれるピーター・F・ドラッガーは、このように指摘する。「マーケティングの理想は、販売を不要にすることである。マーケティングが目指すものは、顧客を理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることである」。(ピーター・F・ドラッガー著『マネジメント[エッセンシャル版]:基本と原則』ダイヤモンド社)。
マーケティングとは「売れる仕組みづくり」だ。職人においても時代の変化に対応するためには、技術者目線のシーズ志向に偏らず、売れる仕組みづくりに基づいたアクションを実行する必要がある。つまり、消費者目線に沿ったニーズ志向も重要なのだ。とりわけ資金力に乏しい小さな会社は、ニーズを満たす人をできるだけ絞り込み、ニッチな需要を見つけることが重要といえる。
さて、映画の内容に戻ろう。手づくりの移動式屋台で街に出たニコスであるが、相変わらず高級スーツはまったく売れない。しかし、何度も街の人々と会話を重ねていく中で、顧客のニーズや適正価格を学んでいく。そして、評判が評判を呼び、次々と顧客から声をかけられるようになる。ひたむきな姿勢は、周りの人の心も動かすのだろう。この作品は、変化を恐れずに顧客の声に耳を傾けることの重要性を再認識させてくれる。
困難なときにこそ経営理念に立ち返る
ウエディングドレスづくりの要望が多いことがわかったニコスは、花嫁のオーダーに合わせてドレスを仕立てていく。しかし当初は不本意であったのか、「華やかでボリュームのあるドレスを作って」という花嫁に対し、「シンプルなドレスが似合う」と提案し、その機嫌を損ねてしまう。長年、紳士服を愛してきたニコスは、見た目の華やかさよりも生地や着心地にこだわりがあるのだ。
本作のように、現実的にこだわりを貫けない状況に陥ったとき、どのようにするべきだろうか。監督ソニア・リザ・ケンターマン氏はこう語る。
「収入もなく、店を維持することも非常に困難になってしまった上に、自分が今まで学んできたオーダーメイドの技術というものも、そもそもお客さんがいなくなってしまったら使う術もありません。そんな状況において、とにかく自分のその腕、持っている技術というものを活かすような方法を何とかして探さなければいけないという、厳しい状態に陥ってしまった男性について描いています 。」(MOVIE Collection「『テーラー 人生の仕立て屋』ソニア・リザ・ケンターマン監督インタビュー」2021年8月30日)
困難に直面し、従来の手法が通用しない状況にこそ、経営理念に立ち返るべきだ。経営理念は、経営者の信念に基づいた企業が進むべき道を示してくれる。何のために仕事をしているのか?何のために仕事を始めたのか?自分の中にあるこだわりは「手段」なのか「目的」なのか。もしかしたら、現在提供しているサービスや商品は、目的を達成するための手段の一つに過ぎず、強みを活かす方法は他にもあるかもしれない。
ニコスは当初、紳士服に固執し、高級スーツの仕立てにこだわりを持っていた。さらには、ウエディングドレスづくりに対して、父も否定的だった。しかし、花嫁が要望通りのドレスを着て感動する姿を見たニコスは、一番大切なことを思い出す。子供の頃、父が作ってくれた世界に一つだけのスーツに、初めて袖を通した時の感動。
本当にこだわるべきは、「高級スーツの仕立て」なのか「感動を与える仕立て」なのか。もし後者であれば、高級スーツでなくウエディングドレスでもいいはずだ。花嫁が感動するような世界に一つだけのドレスを作り上げればいいのだ。
ウエディングドレス作りに否定的な父に対し、ニコスが言い返すシーンがある。
「ドレスも同じです。仕立てています。」
目的を見失わなければ、強みを活かす手段はほかにもある。自身のこだわりが、手段の目的化に陥ってはいないだろうか。本作を見て、それを見つめ直すことができるはずだ。
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